突然ですが、このキャラクターをご存知でしょうか。
彼の名前はファイベル・マウスクビッツ。
限りなくディズニーっぽいのにディズニーではない大ヒット映画『アメリカ物語』の主人公です。
この作品は、公開当時大ヒットしただけでなく、主題歌はグラミー賞最優秀楽曲賞を受賞し、アカデミー歌曲賞にもノミネートされました。
日本ではいくつかの地方銀行のキャラクターとして起用されるなど、ディズニーの牙城を崩しにかかる勢いです。
そんな『アメリカ物語』は、どうして忘れられてしまったのか?
今回は番外編として、この物語に潜む闇を考察していきます。
未見の方も、まるでデジャヴのように感じられるはずです。
目次
ほぼディズニー・クラシック
まずは『アメリカ物語』のあらすじを紹介します。
1885年、さむいさむいロシアの国。そこで、貧しいながらも仲良く暮らしてきたネズミのマウスコヴィッツ一家は、“ネコ”がいないと言われる新天地を求めて、アメリカ行きの船に乗り込みました。一家の長男で好奇心いっぱいのわんぱく坊主、ファイベルにとって、船の旅は初めて目にするものばかりで、毎日が驚きの連続です。そんなある晩のこと、ひどい嵐がやってきました。パパの言うことも聞かずに甲板へ飛び出したファイベルは波にのまれて家族と離ればなれに。運よくニューヨークに流れつきますが、誰も知らない国でひとりぼっちになってしまったファイベル。家族をさがす彼の冒険が始まります…!
主人公やそれを取り巻くキャラクターたちはネズミですが、敵キャラとしてネコ、そしてネコの側近としてゴキブリが出てくる謎のチョイス。
動物たちはあくまで人間の住む世界の中で独自のコミュニティを築いているという設定なので、ディズニーの『おしゃれキャット』に近い世界観です。
この『アメリカ物語』の監督はドン・ブルース。
ディズニー出身のクリエイターで、1997年には『アナスタシア』を監督したあの人物です。
そして製作総指揮はスティーブン・スピルバーグ。
言わずと知れた人物ですが、ここでは『ロジャー・ラビット』を作ったスピルバーグというのが適切かもしれませんね。
ヒットメーカーである2人がタッグを組んだ『アメリカ物語』の世界興行収入は8,400万ドル。
これは1986年の公開当時、ディズニー以外のアニメとしては最大のヒット作です。
『アメリカ物語』が公開される4ヶ月前、ディズニーの『オリビアちゃんの大冒険』が公開されていますが、興行収入は『アメリカ物語』が2000万ドル以上の差をつけて勝利。
同じネズミの物語、公開もほぼ同時期にぶつけてくるという大変チャレンジングな作品です。
そんなチャレンジングな側面を持つ一方で、『アメリカ物語』はほぼディスニー・クラシック作品と言って差し支えないような伝統的なアニメ映画でもあります。
例えばキャラクターデザイン。
監督のドン・ブルースは80年代当時に主流だった角ばったデザインではなく、40年代のディズニー作品にあったような柔らかいデザインを目指しました。
また本作は楽曲も高く評価されたのはオープニングで紹介した通り。
特に主人公ファイベルとその姉ターニャが歌う『Somewhere Out There』は、合奏曲として今でも人気です。
一説によると製作総指揮のスピルバーグは「自分のハイホー」がほしくてこの作品に携わったとも言われています。
デザインから世界観、楽曲に至るまで古き良きディズニーを再現した名作が『アメリカ物語』です。
隠された闇
『アメリカ物語』はロシアに住むファイベル一家が、ネコに襲われ家を失うところから始まります。
ドイツから船に乗り一路アメリカへ。
たどり着いたニューヨークで様々な苦難を乗り越えていきます。
このストーリーの面白い点は、人間とネズミの営みがリンクしている点です。
ファイベル一家が家を失った時、同じように人間の村も盗賊に襲われて焼かれています。
ニューヨークでは船を降りる際に、人間とネズミそれぞれが移民管理局を通るシーンも。
実はこの物語はスピルバーグの祖父の実体験を元にしたストーリーです。
スピルバーグの祖父はアメリカに移住したロシア系ユダヤ人で、ファイベルの名前はその祖父にちなんで付けられています。
冒頭のネコに襲われるシーンも、人間の村はコサックたちが反ユダヤを掲げて放火したという設定があったり、ファイベル一家がユダヤ教の年中行事ハヌカをしていたりと徹底的です。
物語の舞台1885年、ロシア帝国はアレクサンドル3世の治世ですが、1881年に前皇帝のアレクサンドル2世の暗殺事件がありました。
その事件の犯人グループにユダヤ人がいたということから反ユダヤ運動ポグロムが起こり、ポーランドやウクライナのユダヤ人たちは迫害されたそうです。
ファイベルたちはロシアのショスカ、現在のウクライナに住んでいたので、このポグロムの影響で国を追われたことは間違いないでしょう。
子ども向け映画でありながら、何の説明もなしにこういった設定が盛り込まれていることは一部で大きな波紋を呼んでいて「甘くて憂鬱な移民の物語」「民族の伝統を悪用している」などとも言われます。
またラストでニューヨークからネコを追い出すために、香港行きの船に乗せてしまおうという作戦は、結局問題を根本的に解決できていないのも気になる点です。
1980年代の作品ですので、わかりやすい勧善懲悪が好まれる時代ですが、かといって子ども向けの作品で敵を殺してしまうわけにもいかず、苦肉の策なのかもしれません。
ちなみにこのラストで登場するネズミたちお手製の「ミンスクの大ネズミ」のビジュアルも動きもグロテスクで一見の価値ありです!
原題のナゾ
『アメリカ物語』の原題は『An American Tail』、直訳すると「アメリカのしっぽ」です。
主人公がネズミなので、そのキャラクター性を象徴する「しっぽ」をタイトルに入れるのは必然的なようにも思えます。
ロシアからアメリカに渡ったファイベルが、アメリカで居場所を見つけて「しっぽまでアメリカになった」というような意味で捉えるのが自然かもしれません。
しかし個人的には、ここにも深い意味があると考えました。
「Tail」には「しっぽ」以外にも様々な意味があり、「しっぽのようなもの」を表現する時にも使います。
『An American Tail』の場合だと「アメリカのしっぽのようなもの」になり、つまりは「アメリカの隅っこにあるもの」という意味に捉えられるのではないでしょうか。
ファイベルたちはアメリカに移住したユダヤ人たちそのものであり、当時のアメリカにおけるユダヤ人は「しっぽのようなもの」扱いだったということです。
例えば劇中でファイベルが学校の窓から中を覗くシーンがあります。
これはスピルバーグの祖父の実体験から来ていて、当時はユダヤ人は学校の外にしか席がなく、窓から授業を見るしかなかったそうです。
邦題が『アメリカ物語』なので見落としがちですが、原題のナゾについて考えるといかにこの作品がスピルバーグの肝入りで作られたかがわかります。
近年のポリコレ云々がかわいらしく思えるくらい、スピルバーグの私的な価値観が投影された本作。
ドン・ブルースのクラシックで愛らしく、なおかつ緻密な作画と愛すべき楽曲たちのおかげで、闇が深い部分は隠されていますが、一度知ってしまうと後には戻れない、「気になる」作品になるはず。
未見の方は、この機会にぜひご視聴ください。
ちなみに、もちろんディズニープラスでは配信されておりません。