2022年10月14日公開『スペンサー ダイアナの決意』のネタバレ考察です。
実は1年ほど前に作品の概要と画像をTwitterで見て以来、密かに楽しみにしておりました。
ayumi14
当時は「1年後公開かよ…」と落胆していたのに、あっという間に公開を迎えてしまいました…時の流れの速さよ…
1991年、クリスマス。英国ロイヤルファミリーの人々は、いつものようにエリザベス女王の私邸サンドリンガム・ハウスに集まったが、例年とは全く違う空気が流れていた。ダイアナ妃とチャールズ皇太子の仲が冷え切り、不倫や離婚の噂が飛び交う中、世界中がプリンセスの動向に注目していたのだ。ダイアナにとって、二人の息子たちと過ごすひと時だけが、本来の自分らしくいられる時間だった。息がつまるような王室のしきたりと、スキャンダルを避けるための厳しい監視体制の中、身も心も追い詰められてゆくダイアナは、幸せな子供時代を過ごした故郷でもあるこの地で、人生を劇的に変える一大決心をする 。
映画『スペンサー ダイアナの決意』
ではこちらからネタバレ考察に入って参ります。
目次
“Fable(寓話)”とは
本作品は冒頭でこのようなキャプションが入ります。
A Fable From a True tragedy.
『Spencer』
(この物語は真実の悲劇に基づく寓話である。)
サラッと流してしまうと、「史実に基づくノンフィクション」ということが言いたいのだろうと想像しますが、実はこのセンテンスにも強い意味が込められています。
“Fable”の意味は以下の通りです。
(動物などを擬人化して教訓を含んだ)寓話(ぐうわ)、作り話、作り事、伝説、説話、神話
weblio 英和辞典
例えるなら“Aesop’s Fables(イソップ物語)”、つまり動物たちを主人公に据えた作り話のことを「寓話」と表現します。
では『スペンサー』とはどんな寓話だったのか。
キジは本作品でダイアナよりも先に登場します。
しかしその登場の仕方はとても不穏。
なぜならキジはチャールズ皇太子一行が乗った車が通る道路に、横たわる死骸の状態で登場するのです。
そのシーンは異様に長く、明らかに意図的に印象付けようとしていることがわかります。
本作品でのキジは、ロイヤルファミリーに狩られるために育てられた可哀想な生き物として登場。
彼女自身の言葉では「美しくても頭は空っぽ」。
なぜなら「ここのキジは狩り用に育てられているから賢くなくて、すぐ車に轢かれてしまう」と料理人のダレンがダイアナに伝えるシーンがあるからです。
狩りで獲られたキジは羽を取った後、使用人と家畜が食べ、残った部分は捨てられるとも。
この可哀想なキジこそ、ダイアナのメタファー。
ダイアナ自身も冒頭で迷子になり、なかなか目的地に辿り着けないというシーンから始まります。
目的地であるサンドリガムはダイアナの生家がある土地で、馴染みがあるにも関わらず。
キジ同様、1人で生き抜く知恵はまだなく歯痒い表情です。
このキジ(ダイアナ)が苦悩の3日間でどのような決意をするのか。
その過程が本作の教訓にあたるのです。
アン・ブーリンとの違い
クリスマスを祝うため、サンドリンガム・ハウスにやってきたダイアナの部屋には一冊の本が置いてあります。
『ANNE BOLEYN LIFE AND DEATH OF A MARTYR』
『Spencer』
(アン・ブーリン 殉教者の生と死)
この本を読み始めるとダイアナは度々アンの幻覚を見るようになります。
時にダイアナと同じ境遇で、時にダイアナに忠告する役として。
劇中でダイアナは実家スペンサー家とアン・ブーリンは遠縁にあたることを思い出します。
この“遠縁”とは、アン・ブーリンの姉妹メアリー・ブーリンの娘キャサリン・ケアリーがスペンサー家に繋がっているという意味です。
また夫であるヘンリー8世の浮気の果てに、処刑されてしまったアンに自身の境遇を重ねています。
劇中でアンは、ダイアナが寝室として使う部屋に逃げ込んできたり、夕食の席に座っていたりします。
終盤、ダイアナが生家に1人で忍び込み、階段から身を投げて楽になってしまおうかと考える場面。
躊躇うダイアナの隣にアンがやってきます。
嫁いでからの10年間がダイアナの頭の中で走馬灯のように駆け巡り、そしてダイアナは思いとどまりました。
走馬灯にはダイアナしか出てきません。
ウェディングドレスを着ている時も、祝福する群衆どころか夫すら出てこないのです。
夫どころか味方がいない、王室での10年間。
ダイアナの孤独を浮き彫りにする印象的なシーンです。
サンドリンガム・ハウスで過ごす最終日は、ファミリーで狩りをするのが習わしです。
ダイアナの2人の息子たちも初めて銃を構えて狩りに参加します。
その集まりに、ダイアナはなんと狩られる(キジ)側から登場するのです。
そして身を挺して息子たちを連れて行かせるよう主張し、そのまま自分の車に息子たちを乗せてロンドンへ帰ってしまいます。
大好きな音楽をかけて、ファストフードをドライブスルーで買ったりしながら。
物語はそんなダイアナの望んだ、ひとときの“普通の暮らし”を息子たちと楽しみながら、複雑な表情を浮かべて終わります。
このラストは脚色でしょうが、ダイアナが息子たちにファストフードを食べるなどの“普通の暮らし”を時に味わわせていたのは真実だそうです。
まだ続く彼女の苦悩を想うと、アンとの決別が幸せだったのか、思いを巡らせてしまいます。
英国の伝統あれこれ
ダイアナがサンドリンガム・ハウスに着いてすぐ、ロビーで体重を計られるシーンがあります。
この伝統は、実際に今でも行われているそうです。
ロイヤルウォッチャーのイングリッド・スーワードは英Graziaに、この奇妙なしきたりは1901年から約10年間に渡って英国王の座についたエドワード7世の時代に始まったものだと解説。
FRONTROW
ロイヤルファミリーをはじめ民衆の健康にただならぬ感心を寄せていたと言われるエドワード7世は、宮殿でのクリスマスディナーに出席した人々がきちんと食事が摂れているかを確かめるために、この体重測定を行ったという。以来、その習わしがクリスマスの伝統として定着し、今もなお残っているのだそう。
サンドリンガム・ハウスに隣接するダイアナの生家。
ダイアナはしきりにこの家の中に入りたがりますが、周囲は有刺鉄線で覆われており立ち入り禁止になっています。
実際、ダイアナが育ったのはスペンサー家が王室から借りて住んでいたサンドリガムのパークハウスだそうです。
ただ、パークハウスはスペンサー家が使わなくなった後はホテルとして改装され今も多くの観光客が利用しています。
ネット上には廃墟のようなパークハウス(と思しき)画像が多数ありますが、少なくとも作品の舞台となった1991年にはエリザベス女王の命ですでに改装されていました。
グレゴリーがかつて所属していたブラック・ウォッチ連隊。
このブラックウォッチはその名の通り黒い見張り番という意味で、全体的に暗い色彩の服装をしており、古くは1700年代の反政府派を取り締ったハイランダーからなる独立歩兵中隊6隊をルーツとした歴史の長い部隊です。
レプマート
彼らハイランダーは世界中に派兵され、多くの戦績をあげると共に、その特異な衣装も相まって、その名を世界に轟かせました。
劇中でグレゴリーはダイアナの敵なのか、味方なのか、掴めない人物です。
実はダイアナの寝室にアン・ブーリンの本を置いたのはグレゴリーで、彼なりの警告であったとも読み取れます。
またダイアナが好きな食べ物として挙げた「ピンクのカバのケーキ」。
これは調べましたが、実在するメニューなのかわかりませんでした。
ご存知の方がいれば教えていただきたいです。
本作品はシャネルが全面協力した衣装の煌びやかさも目を引きます。
ダイアナの心情に反して、1日のうちに何度も召し替える衣装の数々。
走馬灯に登場するのは、彼女のロイヤルファミリーとしての10年間を彩る衣装たちです。
これは実際にダイアナが着ていた衣装がベースであることがほとんどです。
ただこのラストで特に印象的なマリンルックは実際のものと色が全く異なります。
中世フランス語で黄色を表す「fauve」が、「裏切り」という比喩表現を含んでいたことに由来します。
キリストを裏切ったユダは、美術作品では黄色い衣を着ていることがしばしばあることからもわかるでしょう。
ダイアナを取り巻く不穏な視線を象徴しているような気がしてしまいますね。
伝記として、というよりはあくまで「寓話」ですが、決して遠くない過去に実在したプリンセスを深く知る機会としては大変おすすめの作品です。
以上、『スペンサー ダイアナの決意』のネタバレ考察でした。