1986年公開『オリビアちゃんの大冒険』のネタバレ考察です。
ディズニー暗黒時代末期に興行的な成功を収め、いよいよディズニールネサンスへ繋がっていく名作アニメ。
しかし実はこの作品、日本のとある有名アニメとの共通点があることをご存じでしょうか。
今回は日本ではあまり知られていない本作を、光と闇の側面から紐解いていきます。
目次
暗黒時代の終焉
まずは『オリビアちゃんの大冒険』のあらすじを紹介します。
かわいいネズミのオリビアちゃんの誕生日に、お父さんが誘拐されてしまうという大事件が発生。「これは悪の天才ラティガンのしわざに違いない」とにらんだ名探偵バジルは、医者のドーソン、名犬トビーたちとともに事件解決にのりだします。ところが今度は、バジルたちの目の前でオリビアちゃんが連れ去られてしまい、ますます事件は深刻な事態に。落ち込むドーソンをよそに、バジルは犯人が落としていった、たった1枚のメモを手掛かりにラティガンの隠れ家をつきとめます。得意の変装で身をつつみ、やっとの思いで隠れ家にたどりついたバジルとドーソン。しかし、そこで2人を待ち受けていたものは・・・。
『オリビアちゃんの大冒険』
原題は『The Great Mouse Detective』、つまり邦題は大きく変えられています。
原作も『Basil Of Baker Street』なのに、なぜこの邦題にしたのか疑問です。
ただ『オリビアちゃんの大冒険』というタイトルや公開当時のデザインからも分かる通り、本作を探偵モノとしてではなく、子ども向けの冒険映画として宣伝したかった意図は見えますね。
本作は4人の監督の下で作られました。
ディズニー映画でこれだけ複数の監督を配置して製作されるのは非常に珍しいです。
後に『リトル・マーメイド』『アラジン』を作る黄金コンビ、ジョン・マスカー&ロン・クレメンツが参加していることからも、この作品のポテンシャルの高さが伺えます。
また本作の前年にはディズニーの黒歴史と呼ばれている『コルドロン』が公開されました。
『コルドロン』の興行収入が約2000万ドルなのに対して『オリビアちゃんの大冒険』は約5000万ドル。
実は『オリビアちゃんの大冒険』は『コルドロン』と並行して製作された作品です。
この成功によりスタジオは存続し、その結果ディズニールネサンスとして名作を連発することになります。
この点において本作はとても重要なポジションにあると言えるでしょう。
宮崎アニメとの共通点
『オリビアちゃんの大冒険』を語るときに欠かせないのが『ルパン三世 カリオストロの城』との共通点です。
実は本作のラストは『カリオストロの城』のオマージュシーンがあります。
バジル、オリビア、ラティガン教授がビッグベンに迷い込むシーン。
時計塔の中の歯車を右往左往したり、最後にバジルとラティガン教授が時計の針の上で対決する展開は、『カリオストロの城』のラストと非常に似ています。
これは偶然の一致ではありません。
レイアウトアーティストのマイク・ペレザが『カリオストロの城』の大ファンで、本来予定されていたラストを改変してこのオマージュシーンを入れることを提案し採用されました。
またラティガンが移動に使用する飛行船は、カリオストロ伯爵が使用するオートジャイロと似ています。
バジルがラティガン教授の手下フィジットを追いかける様子は上へ下への躍動感で溢れていて、ルパンがカリオストロの城下町を駆け回る様子を彷彿とさせました。
『カリオストロの城』は日本公開が1979年で、アメリカで劇場公開されたのは1991年。
当時は日本のアニメは今ほど世界的に注目はされていませんでしたが、一部のコアなファンがビデオの貸し借りをするなどして情報交換する機会はあったとも言われています。
『カリオストロの城』の制作会社は、ディズニー伝説のアニメーター”ナインオールドメン”のメンバーを招聘して『リトル・ニモ』という日米合作映画を作りました。
このことから1980年代のディズニーのアニメーターが『カリオストロの城』を見る機会があったことは想像ができます。
ちなみにオマージュされた時計塔のシーンは、ディズニー映画として初めて広くCG技術が取り入れられたシーンです。
このシーンについては当時の批評家からの評価も高く、その後のディズニーの飛躍の足掛かりになったと言えるでしょう。
世界一のドブネズミの秘密
『オリビアちゃんの大冒険』で異彩を放つのはヴィランであるラティガン教授です。
往年のディズニーヴィランらしさを持ちつつ、その後のキャラクターにも大きな影響を与えています。
「そもそもなんで”教授”が悪役なのか?」とも思いますが、これは作品全体が『シャーロック・ホームズ』シリーズにインスパイアされているからです。
主人公バジルはシャーロック・ホームズ、ドーソンは助手のワトソン、そしてラティガン教授はホームズの宿敵モリアーティ教授をモデルにしています。
モリアーティ教授は大学の数学教授を務める傍ら、犯罪組織を動かしており、ホームズからは「犯罪界のナポレオン」と評されるほど圧倒的な力があるキャラクターです。
そんなモリアーティ教授とネズミを表す「ラット」を文字って誕生したのがラティガン教授です。
作中ではその名を聞いた市民がたじろぐほど”ワルい”人物として認知されていて、バジルからは「悪の帝王」と呼ばれています。
「犯罪界のナポレオン」といい勝負のニックネームです。
しかしラティガン教授の犯罪組織は何やらポンコツそうな奴らしかいないのが気になります。
コウモリのフィジットはターゲットをさらったり、バジルを誘き出したりと活躍しますが、彼自身は場末のパブで安酒を飲む冴えない労働者です。
それ以外のメンバーも基本的にはうだつが上がらない連中という印象で、中には酔っ払って失態を犯し始末される者もいます。
そんな奴らに盛り立てられラティガン教授は歌ったり踊ったりしますが、その様子はさながら『ウィッシュ』のマグニフィコ王のようでした。
処刑前のバジルに自作のオリジナルソングを吹き込んだレコードを聞かせるほどなので、よほど自信があるのでしょう。
そんなラティガン教授の弱点は「ドブネズミ」と呼ばれること。
原語では「rat」と呼ばれると彼の逆鱗に触れてしまうことになります。
日本語版では「rat」を「ドブネズミ」と訳しているのですが、単語として「rat」は大型ネズミ、「mouse」は小型ネズミを指すようで、作中でラティガン教授がネズミの中では一番の巨体でした。
しかもアジトにしている場所も側溝の下、まさしく「ドブネズミ」が住むような環境に生息しています。
バジルやオリビアの家は人間の家の軒下などにあるのに、ラティガン教授だけそんな場所に潜んでいることからも、やはり「ドブネズミ」と呼ばれても仕方ないでしょう。
ただひとつ、ラティガン教授には特筆すべき点があります。
それは彼の指の本数です。
本作ではキャラクターは全て4本指ですが、ラティガン教授だけが5本指。
彼だけが手袋をしているから、とも考えられますがディズニー作品では珍しい演出です。
あのミッキーですら4本指の手袋をしているわけですから。
実はラティガン教授は本来4本指です。
物語のラストでバジルと揉み合っているうちに手袋が取れ、素手があらわになっていますが、その指は4本でした。
つまり彼は「5本指であることを装っていた」だけなのです。
人一倍「ドブネズミ」であることにコンプレックスがあり、それをどうにか取り繕おうとする中で閃いた策だったのでしょう。
ネズミなのに口周りが髭の剃り跡のように青くなっているのもコンプレックス然り。
さらには女王から国を乗っ取ろうとするなど権威に固執する様子もまた然りです。
ちなみに本作のバジルとラティガン教授、かつてはディズニーパークで会えるキャラクターでした。
2004年までは存在が確認されていましたが、今では世界中をどこを探しても見つからない、そして今後も出会えるチャンスは限りなくゼロとファンの間で囁かれる伝説のキャラクターになりました。
しかしこの『オリビアちゃんの大冒険』は往年の手描きでクラシックなディズニーの良さを残しつつ、オマージュやCGも大胆に取り入れられた見応え抜群のミステリーアニメです。
「夜明け前が一番暗い」というのは本作を観ると体感できるでしょう。
そう考えると2023年のディズニー100周年作品『ウィッシュ』はもしかしたら、現代暗黒期の終焉のはじまりに値する作品なのかもしれないと思ったりもします。
以上、『オリビアちゃんの大冒険』考察でした。