2022年12月9日公開『MEN 同じ顔の男たち』のネタバレ考察です。
作品概要はこちら。
『ミッドサマー』『ヘレディタリー/継承』を手掛けた気鋭の配給会社「A24」がタッグを組むのはSFスリラー『エクス・マキナ』が第88回アカデミー賞®視覚効果賞を受賞し、脚本賞にもノミネートする快挙を果たした鬼才アレックス・ガーランド。完璧な構図と鮮やかな色彩で織りなす圧倒的映像美が不穏な物語を紡ぎ出す。主演はNETFLIXオリジナル映画『もう終わりにしよう。』で脚光を浴び、2021年マギー・ギレンホール監督作『ロスト・ドーター』でアカデミー賞®助演女優賞へノミネートを果たした注目女優ジェシー・バックリー。本作は第75回カンヌ国際映画祭の<監督週間>で上映が行われ、その衝撃的な展開に度肝を抜かれる観客が続出。特にラストへと展開する怒涛の20分は永遠のトラウマになること必至。A24とアレックス・ガーランド監督が仕掛ける美しくも不気味な物語がついに日本公開!!
映画『MEN 同じ顔の男たち』オフィシャルサイト
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ジェシー・バックリー演じるハーパー
日本公開に先立って同年5月に全米公開されています。
Rotten Tomatoesの評価は批評家は68%、視聴者は39%となかなか辛口のようです。
100分という決して長くない作品ですが、ストーリーは難解で伏線やメタファーが散りばめられています。
細かく拾いながら考察してまいりますので、お付き合い下さい。
A24の作品『LAMB /ラム』の考察記事もあります。
目次
キャストと登場人物
まずは『MEN 同じ顔の男たち』のキャストと登場人物を紹介します。
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ハーパー(ジェシー・バックリー)
夫ジェームズの死を目撃したトラウマから、ロンドンから田舎町コットソンに休養を取りにくる。
都会人らしいドライな性格。
初めて訪れた屋敷の庭のリンゴを勝手にかじるなど、大胆な一面も。
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ジェフリー(ロリー・キニア)
ハーパーに屋敷を貸し出した大家で近所に住んでいる。
世話焼きな性格。
パブで1人クロスワードに興じる。
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司祭(ロリー・キニア)
町の古い教会の司祭。
ハーパーのトラウマを聴くが、彼女を責めるような言葉を投げかけてしまう。
サミュエル少年とは普段から付き合いがある様子。
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ジェームズ(パーパ・エッシードゥ)
ハーパーの夫。
夫婦喧嘩の末、亡くなってしまう。
自死なのか、不慮の事故なのかは不明。
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ライリー(ゲイル・ランキン)
ハーパーの友人で、なんでも話せる間柄。
オンラインで日に何度もやりとりをする。
不安気なハーパーの側に行くべきか悩んでいる。
こちら以外にも登場人物はいますが、男性キャラはほぼ全てロリー・キニアが演じています。
最初にジェフリーが出てきて、ストーリーが進んでいくにつれ徐々に登場人物は増えますが、男性ばかり。
そしてラストまで観ても、どの登場人物もほとんど全てが謎のままです。
『MEN 同じ顔の男たち』は一体何を伝えたかったのでしょうか。
【ネタバレ】なぜ“同じ顔の男たち”なのか
ここからはネタバレ考察ですので、ご注意下さい。
劇中の同じ顔の男たちは以下の通りです。
- 大家のジェフリー
- グリーンマン(裸体の男)
- 司祭
- サミュエル少年
- バーテン
- パブの客
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ロリー・キニアの快演には驚くばかりです…
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パブでハーパーと会話するジェフリー
この男たちの顔について、ハーパーが指摘する描写はありませんでした。
前述の通り、ハーパーはドライな性格で、感情表現が豊かではありません。
気づいても知らないふりをしていた可能性もあります。
ラストでは、男から男が生まれては死んでいく衝撃のシーンがあります。
グリーンマンからサミュエルが生まれ、サミュエルから司祭が生まれ…
実際の出産シーンのように、母体となる男も生まれてくる男も苦しむ描写が延々と続きます。
同じ顔の男たちはハーパーの前で、生と死を繰り返すのです。
まるで何かを咎めるかのように。
そして最後に生まれてきたのは、ハーパーの夫ジェームズでした。
生まれてきたジェームズは、ハーパーの横に腰掛けます。
そしてハーパーが自分の死の原因を作ったことをなじるのです。
ハーパーは斧を持ったまま黙って聞き、そのシーンは終わります。
ではなぜジェームズは、“同じ顔の男たち”としてハーパーの前に現れたのでしょうか。
これはやはり、ハーパーを咎めるために他なりません。
ジェームズの生前の描写は多くはありません。
むしゃくしゃして物に当たる様子や、口喧嘩のはずみでハーパーに平手打ちをしてしまうシーンなどがあります。
ハーパーのリアクションから察するに、日常的に暴力があったわけではないようでした。
最終的にハーパーはジェームズを家から締め出し、ジェームズは上階へ押し入りベランダから落下して亡くなります。
落下する瞬間のジェームズは、室内のハーパーを見ていました。
まるで「お前のせいだ」とでも言いたげな表情です。
ハーパーはそのトラウマからコットソンへやって来ます。
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目が合うジェームズとハーパー
コットソンマナー(屋敷)に着いたハーパーは、まず庭のリンゴをかじります。
その様子を怪訝な目で見ていたのが、大家のジェフリーです。
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いきなりリンゴをかじるハーパー
このシーンはもちろん、旧約聖書の失楽園のストーリーを模しています。
蛇に唆されたアダムとイヴが、神の禁を破って「善悪の知識の木」の実である「禁断の果実」を食べ、最終的にエデンの園を追放されるというもの。
失楽園-Wikipedia
イヴには出産時の痛みと夫への服従を、アダムには食べ物を得るための労働を、それぞれ罰として課す。
イヴは責任を受け入れて自殺を考えるようになり、アダムは神に従うことでサタンに復讐することを提案し、二人は泣いて悔い改めるのだった。
旧約聖書ではイヴの勧めでアダムもリンゴを食べますが、『MEN 同じ顔の男たち』ではリンゴを食べるのはハーパーだけです。
しかし構図は真逆で、自殺を考えるようになるのは男(ジェームズ)、ハーパーは善悪の感情がないように描かれます。
ラストで“同じ顔の男たち”は、ハーパーの目の前で出産を繰り返します。
「善悪の知識がついた代償」を見せつけるかのようです。
この作品の中で【出産】は重要なキーワード。
アレックス・ガーランド監督とハーパー役のジェシー・バックリーは【出産】について多くの意見を交わしたそうです。
屋敷のキッチンの壁紙を子宮をイメージした赤にするなど、劇中の至る所にその伏線を張っています。
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生まれた直後に産気づくサミュエル少年
「女(ハーパー)が負うはずだった代償(善悪、出産)」をわからせるために、“同じ顔の男たち”はやって来るのです。
それでも最終的にジェームズが出てくるまで、ハーパーは自分が巻き込まれていることの真意に辿り着きません。
散りばめられた伏線
ここからは劇中に散りばめられた伏線を考察していきます。
ハーパーという名前は劇中で印象的に使われます。
廃線路を散歩中に見つけたトンネルの中で、ハーパーは自分の名前を呼びかけ、声が反響する様子を楽しみます。
何度も「ハーパー♪」と呼ぶ様子は、彼女の幼稚な一面を感じさせる。
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トンネルの向こうの人影に気づくハーパー
旧約聖書に出てくる最初の女性イヴの名前の由来はヘブライ語で「命」を意味する「ハッヴァー(ハヴァ)」。
ハーパーと音の響きが非常に似ている。
オープニングでタンポポの綿毛が舞うシーンや、グリーンマンがハーパーに向かって綿毛を吹き飛ばすシーンがあります。
グリーンマンの綿毛を、ハーパーは吸い込んでいました。
綿毛は精子を表現していて、吸い込む=性行為の暗喩です。
ジェフリーが遊んでいるクロスワードの答えが「ざくろ」。
ザクロはキリスト教において「キリストの生から死への移行と復活を象徴」。
映画のラストシーンを予感させるワードの1つ。
屋敷のキッチンに誤って飛び込んでくるカラス。
傷を負い飛べないとのことで、ジェフリーの手で息を止められます。
カラスはキリスト教において「汚れた鳥」。
サミュエル少年がカラスの死体で遊ぶなど、ぞんざいに扱われる。
グリーンマンとシーラ・ナ・ギグは、町の教会にある祭壇のモチーフです。
劇中で何度もクローズアップされますが、明確な説明はありません。
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グリーンマンはキリスト教以前から存在した、ケルト神話などの森林や樹木へのアミニズム信仰のなごりだと言われている。
劇中の裸体の男も、自分の体にいくつもの葉を貼り付け、最終的には顔全体がまさしく「グリーンマン」になっていました。
シーラ・ナ・ギグは女性の外陰部を大げさに表した裸体の彫刻で、やはり古代から存在するモチーフの1つ。
厄除けのために置かれたと言われる。
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ここからは個人的な感想を少し。
劇場で予告を観て、ホラー?スリラー?とりあえずA24の作品だから気になる!程度でした。
実際観てみると、表現としては“気持ち悪い”がしっくりくる作品です。
これは、例えば出産や生死のグロ表現が“気持ち悪い”のと、作品自体のテーマも指しています。
劇中の微妙な掛け違いのような表現も気持ち悪さの要因です。
ジェフリーにピアノは弾けるか訊かれ、ハーパーは「弾けない」と答えます。
しかし彼がいなくなってから、気持ちよさそうにピアノを弾いていたり。
ハーパーが森を散歩中に雷雨に見舞われますが、なぜか微笑んだり。
ハーパーの通報で駆けつけた女性警察官との会話が、うわべだけで共感性ゼロだったり。
枚挙にいとまがないほどの、気持ち悪い掛け違いが表現されています。
しかしこの気持ち悪さがまた、妙にリアリティを感じさせるのも事実です。
女性が身を守るために日常的にウソを吐いたり、体調やメンタルの波の中で不安定になるということが劇中ではこまかく表現されています。
一方で女性の恐ろしさも感じずにはいられません。
ラストで同じ顔の男たちが生まれては死ぬ中で、ハーパーは取り乱さずに対峙します。
ドアの小窓から男に手のひらを入れられた時、以前は悲鳴を上げたハーパーでしたが、ラストでは刃物を突き刺してその様をじっと見つめるのです。
司祭がバスルームに入ってきて押し倒そうとした時も、冷静に腹部を刺します。
恐怖の一夜が明け、血まみれで庭に佇むハーパーを友人のライリーが発見。
ハーパーは寂しそうな、しかしどことなくすっきりとしたような表情を浮かべています。
周囲を見る限り、ハーパーに起こった出来事はすべて夢ではない様子。
ハーパーは最後にジェームズと何を話したのか?
なぜ笑っているのか?
そんな気持ち悪さと、女性の恐ろしいほどの強さを感じさせる作品でした。