『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』が大赤字だと騒がれています。
別記事でも書きましたが、ディズニー暗黒期の代表作『コルドロン』と同程度の興行収入で終わる可能性が高いです。
一部では「第三次暗黒期の到来では」とも囁かれています。
ayumi14
そもそも暗黒期の定義ってあるの?
今回のテーマは大きく分けて3つ。
- 過去2回の暗黒期
- 近年の動向
- 「第三次暗黒期」とは何なのか
過去から現在に話を流しながら検証して参ります。
私たちが今、本当に暗黒期に立ち会っているのだとしたら、貴重な経験でもあるはずです。
張り切って行ってみましょう!
目次
ルネサンス前後の暗黒期
ディズニーの暗黒期は「ディズニー・ルネサンス」と呼ばれるムーブメントの前後の作品群を指すことが多いです。ここでは「ディズニー・ルネサンス」のはじまりを『リトル・マーメイド』(1989)とし、その直前の3作の概要を紹介します。
タイトル | 公開年(米) | 興行収入(万ドル) | 原作(発売年) |
---|---|---|---|
きつねと猟犬 | 1981 | 6,350 | The Fox and the Hound(1967) |
コルドロン | 1985 | 2,130 | The Black Cauldron(1965) |
オリビアちゃんの大冒険 | 1986 | 3,870 | The Rescuers(1959) |
『きつねと猟犬』はナイン・オールドメンの引退作品ということもあり、興行的には成功しました。しかし続く2作は非常に苦戦していることが興行収入からもよくわかりますね。
この「第一次暗黒期」の原因は以下のように考えられています。
- 第一次黄金期を支えたアニメーター“ナイン・オールドメン”の引退
- 11名のアニメーターの引き抜き
- テレビアニメーションへの注力
『オリビアちゃんの大冒険』から3年後の1989年に『リトル・マーメイド』が公開。2.35億ドルの興行収入を上げ、「ディズニー・ルネサンス」が始まりました。
ayumi14
なぜ『リトル・マーメイド』は興行的に成功したのか?
『リトル・マーメイド』の原作『人魚姫』の映画化は、ウォルト・ディズニーが40年代から企画していました。ウォルトが温めていた企画を動かし、さらにミュージカル色を強くしたことが“原点回帰”と言えます。特に現在でもディズニー作品で活躍している作曲家アラン・メンケンが参加するようになったことは大きいでしょう。
『きつねと猟犬』『コルドロン』『オリビアちゃんの大冒険』にも原作があります。しかしいずれもグリム童話やアンデルセンに勝る知名度はありません。そしていずれもかつてのディズニー作品のようなミュージカル色はなく、物語に特化した作品なのです。
その後、『美女と野獣』(1991年)『アラジン』(1992年)とミュージカル路線でヒット作を連発します。
ディズニー・ルネサンスにおける興行収入のピークは『ライオン・キング』(1994年)の10.84億ドル。
ドン底だった『コルドロン』(1985年)の50倍だから笑っちゃいますね。たった9年でここまで回復するとは、驚きです。
しかしそんなディズニー・ルネサンスにも終わりが来ます。一般的には『ターザン』(1999年)がディズニー・ルネサンスの最後の作品です。こちらの興行収入は4.482億ドル。興行的には『ライオン・キング』以降で最高額であり、主題歌がアカデミー賞歌曲賞を受賞するなど華々しい成績を残しました。
そして『ターザン』以降が第二次暗黒期です。ここから作品の概要を紹介します。
タイトル | 公開年(米) | 興行収入(億ドル) | 原作 |
---|---|---|---|
ダイナソー | 2000 | 3.498 | なし |
ラマになった王様 | 2000 | 1.696 | なし |
アトランティス 失われた帝国 | 2001 | 1.861 | Vingt mille lieues sous les mers (1870) |
リロ&スティッチ | 2002 | 2.731 | なし |
トレジャープラネット | 2002 | 1.1 | Treasure Island(1883) |
この後も不遇の時代はしばらく続き、一般的に第二次暗黒期が明けたのは『塔の上のラプンツェル』(2010年)からだと言われています。
この「第二次暗黒期」の原因は以下のように考えられています。
- ピクサーやドリームワークスの台頭
- フルCGアニメへの移行が遅れた
00年代はディズニー以外のアニメ映画が大ヒットした時代でした。ピクサーは『モンスターズ・インク』(2002年)『ファインディング・ニモ』(2003年)、ドリームワークスは『シュレック』シリーズ(2001〜2010年)などがあります。
例えば『モンスターズ・インク』の興行収入は5.774ドル、『シュレック』は4.879ドル。同時期のディズニー作品の5倍程度の興行収入を上げているのです。
これらのCGアニメが人気を博すと、ディズニーのような2Dアニメはヴィジュアルから古くささが出てしまい、視聴者は遠のきます。ディズニー・ルネサンスの頃から作中で部分的にCGを使うことはありました。しかしピクサーやドリームワークスのような、フルCGで魅力的な作品を作るには時間がかかったのです。
10年代の黄金期
第二次暗黒期は『塔の上のラプンツェル』(2010年)で過去のものになります。
タイトル | 公開年(米) | 興行収入(億ドル) | 原作 |
塔の上のラプンツェル | 2010 | 5.924 | Rapunzel(1790) |
シュガー・ラッシュ | 2012 | 4.712 | なし |
アナと雪の女王 | 2013 | 12.8 | Sneedronningen(1844) |
ベイマックス | 2014 | 6.578 | Big Hero 6(1998) |
ayumi14
アナ雪の興行収入すごっ!!
話は逸れますが、美術史におけるロマン主義とは以下のように説明されます。
ロマン主義とは18世紀ヨーロッパに興った文化・精神運動です。それまで主流であった古典主義・教条主義(理性的・合理的で「完全な美」を求める)への反発から生まれ、個人の主観を重視し、自我の解放と確立を目指しました。恋愛や自然賛美、過去への憧憬、民族意識の高揚など、抒情的かつ感情的な表現がその特徴です。
第1章 ロマン主義・天才主義期 | 啄木の思想をたどる
自分で喩えておきながら、ものすごくしっくりきた気がします。ディズニー・ロマン期を代表する曲『アナと雪の女王』の『Let It Go』が、この時代のすべてを表現していると言えるかもしれませんね。
個人の主観を『ズートピア』(2016年)で重視し、
『モアナと伝説の海』(2016年)で自我の解放と確率を目指し、
『アナと雪の女王2』(2019年)で民族意識の高揚を歌います。
マーベル原作の『ベイマックス』(2015年)では、原作にはない抒情的かつ感情的な表現を駆使して観る人を驚かせました。
ではどこまでがディズニー・ロマン期なのかというと、『アナと雪の女王2』まででしょう。コロナ前後ではっきりと明暗が分かれたと言えます。
『アナと雪の女王2』は14.5億ドルで、ディズニーの枠を飛び出し、アニメーション映画の興行収入世界第1位という大ヒットを飛ばしました。しかし『モアナと伝説の海』以降は続編制作に留まっており、『アナと雪の女王』のような大ヒット映画の続編であれば、同じく大ヒットすることは間違いないのです。
『シュガー・ラッシュ:オンライン』(2018年)と『アナと雪の女王2』という続編カードを切ってしまったディズニーは、コロナ禍で一体どのような施策を打ち出したのでしょうか。
第三次暗黒期は自業自得?
世界中がコロナ禍に突入した2020年、ディズニー単体でアニメ新作は出していません。一方ピクサーは『2分の1の魔法』『ソウルフル・ワールド』の2つの作品を公開しています。
『2分の1の魔法』はアメリカでは3月に劇場公開(日本では8月に延期)したものの、『ソウルフル・ワールド』は当初予定していた劇場公開を見合わせ、ディズニー・プラスで配信公開されました。
この流れはしばらく続き、2021年は『ラーヤと龍の王国』『あの夏のルカ』がディズニー・プラスで配信公開。同年11月公開の『ミラベルと魔法だらけの家』でやっと予定通り劇場公開されることに。
ayumi14
コロナ禍で劇場じゃなくても新作を観れるのは手軽だったけど…
ディズニー・プラスの会員数は1.6億人で、業界1位のネットフリックスの2.2億人に迫っています。しかも会員数が徐々に減っているネットフリックスに対して、ディズニー・プラスの会員数は増えているという状況。
会員数では勝ち組と言えるディズニーですが、劇場で不特定多数に作品を観てもらう機会を自ら捨てていたのは得策ではないと言える理由があります。
例えばディズニー・ロマン期最大のヒット作『アナと雪の女王2』は、日本での観客動員数が1,000万人。全世界ではおよそ1億2,000万人が観たと推測されます。これは現在のディズニー・プラスの会員数とほぼイコールです。(『アナと雪の女王2』公開当時はディズニー・プラス提供開始直後のため会員数は1,000万人強。)
ディズニー・プラス会員が多いとは言え、その加入者の大多数が“ディズニーファン”であることは間違いありません。そのファン(1.5億人)に向けた施策と、一般の映画ファン(1.2億人)に向けた施策。この場合、一般の映画ファンに向けた施策を続けることで、ディズニーファンを増やすことも出来ます。すでにディズニーファンである1.5億人からの賛否両論より、一般の映画ファンも含めた1.2 億人からの賛否両論の方が、より多くの人からの信用も得やすいでしょう。
よく聞くワードですが、今一度内容を確認しておきましょう。
ポリティカル・コレクトネス(英: political correctness、略称:PC、ポリコレ)とは、社会の特定のグループのメンバーに不快感や不利益を与えないように意図された政策または対策などを表す言葉の総称であり、人種、信条、性別などの違いによる偏見や差別を含まない中立的な表現や用語を用いることを指す。
ポリティカル・コレクネスト-wikipedia
ポリコレを重視するのは間違いではありません。しかし近年のディズニーではポリコレを重視するあまり、視聴者が観たいものが観れなくなっている現状があります。
例えば、実写版『ピノキオ』(2022年)では、ブルー・フェアリーを黒人女性が演じたことが話題になりました。
いわゆる“ホワイト・ウォッシング”の逆の現象が起きているのです。
また作品の舞台が、アジアや南米など有色人種中心の国であることも多くなっています。『ラーヤと龍の王国』(2021年)『ミラベルと魔法だらけの家』(2021年)はもちろん、ピクサー作品では『私ときどきレッサーパンダ』(2022年)などがそれです。
『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』(2022年)では、舞台となるアヴァロニアは様々な人種の住む国です。サーチャーの妻は黒人、大統領はアジア系。またサーチャーの息子イーサンはゲイですが、誰もそれを咎めることはありません。
イーサンの祖父イェーガーは60代で、25年間ストレンジ・ワールドに閉じ込められていました。しかしイーサンがゲイであることについて、もちろん一切お咎めなし。『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』がおとぎ話だとわかってはいますが、この理想的でスムーズな展開には違和感を覚えました。
ポリコレ的な展開に違和感を覚えているうちは、まだ現実が物語に追いついていない証拠なのでしょう。しかし、この違和感のせいで本来魅力的で没頭できたはずの物語に感情移入できず、結果的に作品全体の評価を落としてしまっていることも事実だと言えます。
配信方法やポリコレ描写を巡って、一般のファン(一部のコアなファンも)を置いてけぼりにしたことがディズニーの第三次暗黒期の要因です。
過去の暗黒時代は、優秀なクリエイターの不足や、CGアニメ時代に乗り遅れたことが要因でした。しかし第三次暗黒期は、過去2回の暗黒期の反省から、世間より先に行き過ぎたのかもしれません。
過去から反省することは大切です。しかし世間の認識がディズニーに追いつくのを待っていては、暗黒期を脱するのは難しいでしょう。
パイオニアとして先を行く覚悟は一旦置いて、もう一度「みんなが観たいディズニー作品」を公開する精神を思い出して欲しいと切に願います。